
八木接待場 太神宮灯籠
200m東の接待場跡にあったものを近年移設した。高さ2.28mで、明和8年(1771)の銘がある。本来の方位から45度傾いている。

八木接待場 太神宮灯籠
200m東の接待場跡にあったものを近年移設した。高さ2.28mで、明和8年(1771)の銘がある。本来の方位から45度傾いている。

河合家住宅
国の登録文化財。天保13年(1842)には「絞り油屋」を営んでいた。安政6年(1859)北八木村の庄屋になり、両替商も兼ねていた。

北八木町下ツ道沿いに建つ河合源七郎家が登録文化財になりました。(2009.11.02原簿記載)
今年2009年6月の隣の河合家住宅に続いて、八木の町の伝統的な建物が登録されたことはうれしいことです。
主屋は明治中期の建築で、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」と位置づけられ、「国の貴重な財産」としての登録です。
旧六十八銀行八木支店は、国道165号線に面しており、貴重な近代建築物であるが、空き店舗となっていた。そこで、実測調査を行い、登録有形文化財の登録に向けた取り組みを行い、平成18年度に登録された(原簿記載: 平成18.10.18 )。

ページの上のイラストは下ツ道東側の連続立面を表しています。

■平田家(東)↑ 西国名所図絵正面に描かれている旅籠で、二階は昔のまま残っています。明治には多くの会合の舞台となりました。
JR畝傍駅は、八木町2丁目1番にあり、国道165号線に面している。駅舎は昭和15年当時の鉄道省によって建築され、台檜を使った白木造りで貴賓室があり、昭和のはじめには皇族がこの貴賓室で列車待ちをされた。本屋は東から西向きに、団体改札口、待合室、駅務室、貴賓室(専用便所)となり、当初は団体改札口の東側に南北方向に団体待合室があり、全体 にL型の平面構成となっていた。

橿原市は奈良県南部の中核都市として発展をとげてきた。なかでも、昨年ほぼ完成をみた近鉄大和八木駅南の整備事業は目覚しいものがある。この駅は大阪から伊勢に至る大阪線と、京都から吉野に通じる橿原線の交差する主要駅であるが、ここからわずか200mほど南東に寄ったところに、この鉄道の交差に呼応するかのように、古い街道の交差点「八木札の辻」がある。
この辻は鉄道線路と同じように大阪から伊勢に至る「横大路」と、京都・奈良から吉野・熊野に至る「下ツ道」の交差点であった。これらの道は古代から近代に至るまで、主要幹線として使われてきた。なかでも、江戸末期に「おかげ参り」の群集が伊勢を目指して、ここを駆け抜けて行ったことはよく知られている。
